大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所越谷支部 昭和30年(ワ)22号 判決 1957年12月13日

原告 岡安精次

被告 林清一 外一名

主文

被告林清一は原告に対し金五十五万円及び之に対する昭和二十九年八月二日以降本件完済にいたるまで年五分の割合による金員を附加して支払うべし

原告の被告林清一に対する其余の請求及被告富多農業協同組合に対する請求は棄却する。

原告と被告林清一との間に生じた訴訟費用は之を三分しその二は原告の、その一は被告林清一の負担とし、原告と被告富多農業協同組合との間に生じた訴訟費用は原告の負担とする。

本判決は金十五万円の担保を供するときは原告の勝訴の部分に限り仮に執行することを得。

事実

原告訴訟代理人は被告等両名は各自原告に対し金壱百二十八万円及之に対する昭和二十九年八月二日以降本件完済にいたるまで年五分の割合による金員を附加して支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。旨並に右裁判に対する仮執行の宣言を求むと申立その請求原因として、

一、原告は北葛飾郡庄和村大字椚八八〇番地において父岡安善次郎、母せきの五男として昭和十一年四月十五日生れ新制中学を卒え現在、右父母の親権に服している。

父善次郎は右郷村において田九反八畝歩、畑二反二畝歩を自作農として耕作し且家屋及敷地を所有し、米作の傍ら園芸事業をも営なみ年収約十八万円所謂精農家の称ある農家でありかつては村会議員にも選ばれたことありまた原告の兄岡安隆司も右同村において現村会議員にして田畑一町七反六畝歩を所有し善次郎等家族と共に耕作している。従つて善次郎一家の収入は前記金員を合算するとき年収約四十万円にして居村においては優位なる生活をしている。

なお原告は昭和二十八年十一月一日自動三輪車の運転許を得て爾来自家車の運転業務に従事している。

二、被告富多農業協同組合(以下単に協同組合と略称)は旧富多村一円を地区として設立せられたる農業協同組合法による協同組合にして、被告林清一は右組合に雇傭せられて自動三輪車の運転者兼事務員として勤務している。

三、被告協同組合はその組合員のため農業経営者又は非組合員たる農業経営者のため事業体の経営を合理化せんがため諸種の共同事業を実施する小規模の農業経営者の事業助成機関(この意味において農業協同組合は所謂事業協同組合である)にしてそのため他人の業務たる運搬、加工、販売等を自己の業務の一部として実施することを本来の目的とする機関である。従つて被告協同組合もまた組合員のため運搬事業をも経営している。

ところが被告協同組合は前業務のため昭和二十八月三月頃右被告組合の有志組合員により右組合員の生産する野菜の運搬出荷を目的とし民法上における組合「江戸川園芸出荷連合」なるものを設けてその組合の事務所を被告協同組合内に設置した。

四、右江戸川園芸出荷連合(以下単に連合と略称)の出荷は主として東京都豊島市場に搬入していたのであるが、この運搬には専ら被告協同組合が引受け、被告林清一をして、しかも被告協同組合所有のオート三輪車によつてその業務を遂行していた。

五、原告も実父岡安善次郎等が前叙のとおり園芸事業を営なみ居る関係上その生産野菜を右市場に出荷して居たまたその運搬には原告をして自家用のヂヤイアントAA6H五四年型三輪トラツク車輌番号埼六-一一九八〇号により運搬搬出していた。

六、しかるところ昭和二十九年八月一日夕方前記連合は右市場に出荷する野菜多量なるため原告の右オート三輪車のみでは搬出困難なところから原告の兄岡安隆司(当時連合の監事)により被告協同組合に予てかゝる場合に運搬を依頼してあつたことから被告林清一にその運搬方を托し同人は原告の車と共に被告協同組合の自動三輪車埼第六-一一八九八号に野菜を積載して被告組合事務所を立つて豊島市場に野菜を運搬した、しかして原告等はその用務を果して同日午後十一時三十分頃一諸に連れだち帰途についた、

しかるにこれより先被告林清一は右出発に際し右市場において何人からか「ウイスキー」小瓶二本を貰い受けて既に之を飲み乾し相当に酩酊していた、しかし被告林清一は自己の運転する右組合の車に訴外鈴木太一を補助席に同乗せしめ、一方原告は訴外大作邦夫、同藤枝某を同乗せしめ該地を出発し共に千住より新道路を上り西新井、草加を経て翌二日午前一時頃越谷町大沢四丁目にいたつた、ところがその際被告林清一は突如停車し同所一九六二番地内野とみの経営する飲食店に入りまたもや日本酒、ビール等を飲み始めたので同道していた原告も同人より進めらるるまゝやむなく三輪車をとめて同食堂に入つた、

しかし元来酒を好まない原告であり且つ当時は深夜でもあり極力被告林清一に一刻も早く飲食をやめて帰宅するよう強く勧告したところが被告林は一向に肯せざるのみかなおも相当に酒を飲みその結果は泥酔するにいたつた。ようやくにして再び帰途につかんとしたが被告林は以上の状態で車を運転しようとするので原告等は驚いて強くその無暴を咎めた、しかし同人は全く之をきかず結局同人において運転しながら同所を出発した。

七、ところが被告林清一は以上のとおり泥酔しているので正常なる運転のできる筈はない車はジグザグに走り危険極りがないそのため春日部市内の旧幸松中学校前にいたるや当時その車に同乗して居た訴外鈴木太一はたまりかねて林清一に対し車の運行をやめさせ爾後の運転継続は事故を惹起する恐れがあり被告林は運転を中止し被告協同組合の車には原告をして運転することそのかわり原告の車には同大作邦夫をして交代運転することを強く提言した。そのとき原告等も事情已むなきこととして之を諒とし同行の者も賛成した。

よつて原告の車には大作邦夫をして代つて運転せしめ原告は被告林の車を運転すべく同人に原告と交代を求めたしかし被告林は絶対に大丈夫と称して運転台に頑張り右申入に応じないそこで原告は已むなく原告の運転する右車の助手岸に乗り春日部市より宝珠花園の県道を南桜井方面に向つて時速三十粁位にて進行したところが被告林は泥酔のため遂には運転を誤り車を北葛飾郡庄和村大字上柳四九二番地先道路において農業寺田氏宅の家敷内に生立する周囲五尺位の欅の大木に衝突せしめその結果原告をして左腕を三輪車と右大木の幹に狭まらしめ左前腕複雑粉砕骨折等による治療約五週間を要する傷害を負わしめた、

当時原告はその生命にも危険を感ずる程出血多量にしてその処置には全く窮した。しかし幸い春日部審察署のパトロールに発見せられてその救助を得同市丸山病院にいたり応急手当を受け引続いて同市春日部病院に入院同月末日まで三十日間居て治療を受けようやく退院した

なお之がため原告は左肘関節離断術を施行せられて左手は第二関節部より先は分断を余儀なくした

八、被告林清一は本件事故に基因し昭和二十九年十一月十六日越谷簡易裁判所において業務上過失傷害罪により略式命令を受け罰金一万円に処せられ右裁判は当時確定した。

九、原告は元来幼少の頃から健康にしてしかも極めて明朗なる性格でありよく父母に仕え孝情深く稀にみる立派な青年である受傷当時は満十八歳三月にして被告林の不法行為により一瞬にして左手を喪ない殊に結婚等を控えていて春秋に富む長い生涯を不具者として送らなければならない悲境に陥いつたその心情凌び得ないものがある。

之を要するに原告の受けた右損害は帰するところ被告林清一の以上不法行為によつて原告が蒙つたものであり、してみると同被告としては右原告の蒙つた損害につき賠償する義務あるのは当然とすべくまたこの場合被告協同組合としても被告林の使用者として同人が組合の業務執行中に生じた事故であり使用者の組合は被告林により原告の受けた損害につき民法第七一五条による事業主としその責任を負担すべきもので之が賠償の責めは免れないところである。

しかして原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(1)  入院治療等の必要経費

付添人費五千七百円、消耗費並に雑費一万七千九百四十六円、治療費二万九百二十二円、義手代金二千五十円、総計金四万六千六百十八円

(2)  原告が昭和二十八年十一月頃から自動三輪車の運転免許を得て将来自動車の運転業務に従事するものとし事故当時若し右業種により他に就職していたとし月額一万円の月収は下らないものであつたしかし左腕喪失により減額さるべき収入はその二分の一を喪失したことに帰するので原告の受傷当時満十八才であるが之を二十才から六十才まで天寿を全うし得るものとしその間四十年間のうべかりし損害を所謂「ホフマン式」により算出して右は壱百八万円となる。

(3)  なお原告は身体障害により不具者となつたのでその精神的苦痛を慰藉するため金二十万円を相当とする

(但し右(1) につきては本件事故発生後被告協同組合より金二万円、訴外連合より金二万円の各金員被告林清一より三、四百円の品物を原告は見舞として受領した。よつて之を治療費に充て本訴では別段その請求はしない)

結局以上合計壱百二十八万円は原告が被告等の不法行為により受けた損害であり、右金員及事故発生当日たる昭和二十九年八月二日以降本件完済にいたるまで年五分の割合による金員を附加して被告等に之が支払いを求むる。

なお被告等の抗弁事実はすべて否認する。

立証として甲第一号証の一、二同第二号証乃至同第十号証同第十一号証の一、二同第十二号証同第十三号証を提出し証人安藤昇一同岡安善次郎の各第一、二回供述並に原告本人第一、二回尋問の結果を援用し乙第三号証の一同第四号証の一同第五号証につき右は各組合の帳簿なること同第六号証につき原本の存在及びその成立を認めその余の乙号証については成立は不知と述べた

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め事実上の答弁として、

一、請求原因第一項中原告の生年月日、原告がその父母の親権に服しているものなること、原告の父岡安善次郎が郷村において所謂精農家の称ある農家であることは被告等は認める、しかしその余の事実は否認する。

二、同第二項の事実は被告等は認める。

三、同第三項中被告協同組合は訴外江戸川園芸出荷連合なるものの存在は争はない。しかしその連合(以下単に連合と略称)が所謂被告協同組合がその業務のため設立し云々の事実は否認するその他は被告等は認める。

四、同第四項中被告林清一が連合の野菜を東京都豊島市場に運搬したことは認める。しかし被告等はその余の事実は争ふ。

五、同第五項は被告等は否認する。

六、同第六項中被告林清一は原告の兄岡安隆司(当時連合の監事)の委頼により原告主張のとおり被告協同組合のオート三輪車により右市場に原告の運転する自動車と共にその主張の如き日時野菜を運搬しその引渡をなし同日午後十一時頃、一緒に帰途についたことは認める。しかし原告主張のように被告林は右市場において「ウイスキー」小瓶は二本貰い受けていない一本だけ貰い受けた。なお「ウイスキー」は一杯だけ小瓶の蓋で飲んだだけであり従つて酔ふまでの程度にはいたつていなかつた、また帰途越谷町大沢四丁目に帰りついたまでの経路は原告主張のとおりであるが同所で被告林が突如停車し同所の内野食堂に入つたとの点にいたつては多少事実は相違する。

すなわち同行の原告、訴外鈴木太一、大作邦夫、藤枝某及び被告の五人で予め相談して居たのでその結果打揃つて右食堂に入つたものであり同所においては原、被告外一人の三名で飲酒した、そ際被告は原告から速かに帰路につくよう強く勧告を受けまたは被告林が原告の勧告にも応ぜず多量に飲酒しその結果全く泥酔したといふようなことはなかつた、従つて被告は正常なる運転ができないような状態ではなく多少酔つてはいたが順調に運転を継続し得た、爾余の原告主張事実は被告等共に否認する。

七、同第七項中被告林清一が原告の主張のように旧幸松中学校前附近で鈴木太一から停車するよう申向けられ停車したことはある、しかし別段正常なる運転ができないからとの事由で運転交代の要請を受けたことはない当時被告は自己の運転する右車に原告が乗込んだので被告林は再び車の運転を継続したそして春日部市から宝珠花方面に向い原告主張のような時速で進行したしかるに庄和村字上柳寺田氏宅手前にさしかかつた当時前方の道路を右折し見透しがよくなかつた関係から被告林は右カーブの辺りで向つて右側の道路の内外に相当多量の砂利が積み嵩ねられ居たのを認めハンドルを左に切らんとしたがその際間に合はずして砂利の上に車を乗上げハンドルを右に取られた。突嗟に左に切り返したが及ばずして車を欅の大木に衝突せしめ本件事故を惹起せしむるにいたつたそのため原告が負傷したものであることは認める。しかしその余の原告主張のような受傷当時の状況、経過、受傷の程度等は全部否認する。

また被告協同組合は原告の主張する日時頃被告林清一が被告協同組合所有のオート三輪車を運転し原告が前記の如く受傷したことは認む、しかしその余の原告が受傷にいたるまでの経過乃至は受傷の程度その他は不知。

八、同第八項の事実は被告等之を認む。

九、同第九項の事実及損害額は被告等否認する。

抗弁として、

被告協同組合は被告林が同組合のオート三輪車を運転し偶々右連合の野菜を運搬したものであることは認めるしかし右運搬は被告協同組合の所謂運搬の事業の一部として運搬したものではない従つて本件事故は被告協同組合の事業の執行につき生じたものではないよつて被告組合としては民法第七一五条による使用者の責めはない即ち被告協同組合はその組合員の有志により昭和二十八年三月頃被告組合とは別個に成立した江戸川園芸出荷連合がその組合員により生産出荷する野菜を有利に他に販売することを目的としその組合事務所を被告協同組合内に設置し居た関係上同年九月頃被告組合は連合会の事業遂行に好意上別段期限の定めなく被告組合所有のオート三輪車を使用の都度一回千円にて賃借使用せしむることを約定した従つて運転者の如きは特定していない。しかして本件の場合もその約旨により連合会の責任者により被告組合の営業時間外に任意被告林清一との間に話しあいその結果同人が連合会の出荷野菜を運搬したものであり被告組合では右運搬を引受けたこともない。従つて被告林清一をして右業務につき選定し指揮監督したことはない。のみならず右連合会の業務につき被告組合は之に対し何等の指図乃至は命令権はなく全く被告組合を離れて被告林は他人の指揮監督下にあつたものでありかかる場合被告組合とし使用者の責めは存在しない、少くとも右は被告組合の事業とは何等関係を持つものでないので原告の被告組合に対する本件請求は失当である。

立証として乙第一号証、同第二号証、同第三号証の一乃至四同第四号証の一、二同第五号証同第六号証を提出し証人安藤昇一、同石原謙次郎同筒井良、同関根陸太郎の各供述並に被告林清一、被告協同組合代表者上原常作の尋問の結果を援用し甲第三号証、同第八号証、同第十一号証の一、二は成立不知その他甲号各証は成立を認めると述べた。

理由

昭和二十九年八月二日午前一時四十分頃被告林清一が被告協同組合所有の自動三輪車埼第六-一一八九八号に原告を助手席に同乗せしめ春日部市より宝珠花間の県道を南桜井方面に向つて時速三十粁位の速度で右三輪車を運転し、北葛飾郡庄和村大字上柳四九二番地先同道路を進行中同所の農業寺田氏宅前で欅の大木に該自動車を衝突せしめよつて本件事故が生じたものなること、しかも被告林が被告協同組合の事務員兼自動車運転者なること及び被告林は右事故のため業務上過失傷害罪により越谷簡易裁判所において略式命令を受け罰金壱万円に処せられたものなることについては別段当事者間に争いはない。

しかるところ被告等は原告が右受傷にいたるまでの経緯、受傷の結果につき争ふので之を検討するに、成立に争いのない甲第二号証同第四号証乃至同第八号証の司法警察員に対する各供述調書の記載と証人岡安善次郎(第一、二回)の証言原告本人(第一、二回)被告林清一の尋問の結果から真正に成立したものであることを認むべき前同甲第三号証の記載を綜合考察するとき右事故の原因は被告林が原告の運転する自動車と共に事故の前日なる八月一日夕方被告協同組合事務所前を原告等の車と一緒に立つて東京都豊島市場に野菜を運搬しその帰途翌八月二日事故直前同人が前記書証等に明かなとおり飲酒酩酊し正常なる運転のできない虞があり、かかる場合運転者としては車の運転は堅く法の禁ずるところなるにかかわらず強いて之を運転したる結果その業務に関し過失を生ぜしめたるものであることしかもそのため当時同乗していた原告に右事故に基因し原告に左前腕複雑粉砕骨折等の重傷を与えよつて同人が春日部病院等において手当を受け遂には左肘第二関節部より先切断の余儀なきにいたらしめ入院三十日間の治療を要したものであることを認め得るところである。してみると右は被告林清一の業務に関係した過失による傷害と言わなければならない。そうだとするとこの点についての被告林清一の供述は措信することはできない。

ところがこのような場合普通事業主の責任を生ずるものなるところ本件の場合所謂何人がその事業主と認むるを相当とするか、被告協同組合はその責任を否認するので左に考按する

およそ民法第七一五条により被用者に対する使用者の責任を追及するには少くとも第一に使用者は被用者を使用することによつて自己の事業活動範囲を拡大し利益を増加させているものであり、その反面拡大した活動範囲に関連して損害を負担せしめることを衝平に合すると考えられる場合でなくてはならない、第二に被用者は専ら使用者の支配に服し原則として使用者の指揮監督の下に行動するものであることを要する。すなわち被用者の所為は正しく使用者の所為と見られるべき面をもつている場合でなくてはならない近時企業規模が増大し経営機構が整い貧富の差がはなはだしくなるにつれいつそう本条の活用を強くし損害もしばしば多額に上るところから資力のないことを通常とする被用者がこれを賠償することは事実上不可能の場合も多くそれでは被害者の保護に欠くるので事業主の責任については相当拡範囲に解釈運用すべきものと解する。

そこで本件につき検討するに、被告林清一は被告協同組合の事務員兼自動車運転者なること、またその運転する自動車も右組合の所有なることは前叙のとおりである。

それでは所謂この場合事業主は被告協同組合なるのか或は他になお事業主が存在するのか疑いなしとしない。殊に被告組合はこの点を否認するので之を按ずるに前掲証人岡安善次郎(第一、二回)の証言原告本人の供述(第一、二回)を除く、その余の書証と証人安藤昇一(第一回)同石原謙次郎の各証言被告協同組合代表者上原常作の供述及びその供述からして真正に成立したものであることを認め得る乙第一、二号証同第三号証の一乃至四、同第四号証の一、二同第五号証並に原本の存在及その成立につき争いのない乙第六号証の各記載を彼是考按するとき所謂「江戸川園芸出荷連合」(以下単に連合の略称)なるものの、存在を否定することはできない。即ち右証拠によるとき前記組合は昭和二十八年三月頃被告組合の有志組合員により前記名称の下その組合員の生産する野菜を有利に他に販売することを目的とし民法上の任意組合を設立しその事業につきては組合長以下役員を定め証人岡安隆司もまた副会長としてその職にあつて組合の運営、会計その他被告協同組合とは別個の事業体として存立していたものなることを認め得るところである。しかもそのことは当事者間に成立に争いのない甲第一号証の一、二同第九号証と証人岡安隆司の証言の一部においてもその事実は窺知し得るところである。

そうだとすると原告が右連合を指して被告協同組合と恰かも同一体の如く主張することは失当であり事業体の存在は被告組合以外であつたと認めることが相当である。そこで進んで被告林清一が前記野菜運搬の業務に従事した、この場合その事業につき考察しなければならない。

原告の主張によるとき被告林清一は被告協同組合が訴外連合の野菜出荷するにつき同人は被告組合の被用者としてその運搬に従事していたものであるといふのであり被告組合は之を争ふのである

よつて証人岡安隆司の証言につき先づ検討するに同人は右連合の副組会長当時に連合が予て叙上の如く野菜出荷するについては時々多量のため同会の使用自動車のみでは出荷できかねることがあるところから被告協同組合に対し之等の場合その出荷運搬につき協力方を申入れたるに被告組合は運転者に暇のあるときはその運搬をせしめてよいとの承諾を得て現実に昭和二十八年頃の初めは被告林清一以外の運転者により昭和二十九年に入つてからは右林清一により野菜を市場に搬入して貰つていたなお成立に争いのない甲第一号証の一、二は連合として被告組合に右運賃を支払つた証左であるといふのである。しかるところ之に対し証人安藤昇一(第一、二回)同石原謙次郎の各証言並に被告代表者上原常作の供述とその供述から真正に成立したと認め得る乙各号証によるとき右はまた訴外連合対被告協会組合間に原告の主張するような運送契約の存在は肯定することができない。

しかし被告の右証拠によるとき被告組合と訴外連合とはその両者の組合幹部においても密接なる関係があつたことしかも事務所も同一場所等の関係上常に双方間に互に各仕事に対する了解があり協力していたことのあつたこと、従つて訴外連合の自動車のみで市場に野菜を運搬しかねるときは便宜被告協同組合の自動車に運転者の余暇あるときは好意的というか便宜的に被告組合が協力していたと思惟せらるゝ点は十分にあつたと認め得るその事実は証人岡安隆司の証言中において被告組合に運搬方を委托した場合運転者に暇のあるときは云々というが如く供述しているところから右は正しく右事実を証明して余りあるものと言わねばならない。

なおまた甲第一号証の一、二 の甲第九号証中所謂「運賃」「運搬賃」なる字句あるも之を捕えて直ちに右両者間に運送契約があつたということは断定する証左とは言えない蓋し同様の意味に解し得る「使用料」なる文字が被告立証の乙号各証に敬見する限りは被告組合として連合が自動車を使用するにつきその使用料と定めたるものと認むる特に被告組合においてその事業として運搬行為をしていたとすると右甲号証記載のようにその業務に従事した場合その都度車の使用料千円運転費三百円の如く区別して組合が使用者に支給する筈はないと解する。

してみれば原告の右主張は結局甲号証に対する文字の意義について更にここに合理的の事由乃至は他に証拠のない限りその文言のみにこだわり被告組合に運送契約の存在を肯定する証左とはならないそうだとすると右証人岡安隆司の証言は他に之を特段の事由ない限りは右証言は措信しない。

果してそうだとすると被告林清一の本件についての事業は被告協同組合が訴外連合に対する自動車を賃貸して訴外の連合のためその用に供し同会が被告林をして運転せしめていたことに帰し本件の場合もまたその事業は被告組合のものでなかつたものと判断するを相当とする

殊に本件の場合被告組合としては前記の被告林の運搬につき被告林に対し組合は同人に対し支配関係乃至は一切の指揮監督権のなかつたことを本件証拠上明白なるにおいてはなおさらその感を深くするものである。

しかもかく認定するに原告の全立証を以てして以上の認定事実を左右するにたる証左は他に何等存在しない。してみると原告の本訴は他に特段の事由のない限り被告協同組合に対しては失当たるを免れない。

曽つて大審院昭和二年三月一日(民集六巻三号九四頁)によると「………上告人ガ組合ニ対シ第二神辻丸ヲ賃貸セルモノナル以上、特別ノ理由ナキ限リハ同船ノ占有ハ組合ニ移リ、其ノ指揮命令ノ下ニ組合ノ事業タル鰊密漁取締リノ為メニスル航行ハ組合ノ事業執行行為ニ外ナラズト謂フベク、従テ其ノ航行中ニ於ケル船長ノ過失ニ因リ生ジタル損害ニ付キ民法第七百十五条ニ依リ事業主トシテ其ノ責メニ任スベキモノハ組合ニシテ上告人ニ非ズト為サザルベカラズ。上告人ガ船員ニ対シ第二神辻丸賃貸中ニ於ケル給料等ヲ支給シタレバトテ、此ノ一事ニ依リ鰊密漁取締ノ為メニスル同船ノ航行操縦ニ関スル事項ヲ以テ上告人ノ事業ナリト為スノ理由トスルニ足ラズ……」と判示しているの外また千種達夫氏「判例より見た自動車事故と民事責任(法律時報七巻一二号一二七九頁以下)によると(前略)「使用者が被用者を事実上選任し又は指揮監督する関係に在ることが必要である。これは本条が使用者に選任監督に過失のないことを挙証して責任を免れ得るものとして、かゝる関係の存在を予定することによつても明かである。従つて被用者が全然使用者から独立して、自由判断を以つて仕事を為す場合には使用者には責任がなく、第七一六条を請負人の行為に付き注文者をして賠償責任を負わしめないのを原則とするも、この理に基くものである。乗客は又同様の理由により乗合自動車やタキシーの運転手の過失につき通常責任を負わないしかし運転手を、特殊の目的のために自動車付で借受けたもの、例へば或工事のため自動車を運転手付で賃借したというが如き場合、若し借受人がその仕事の方法について運転手を指揮する権限を持つているならばその借受人において責任を負わねばならないだろう」と説明している。

しかし飜つて被告林清一の本件事故により原告の生じた損害は同人の以上過失により原告の蒙つた損害であり右は賠償すべき責任を認めるを相当とするそこで原告の受けた損害につき調べてみるに原告は本件事故のため左前腕複雑粉砕骨折の重傷を受けその結果左肘第二関節部から切断せられ事故当日より八月末日まで約三十日間に亘り春日部病院に入院し医療手術を施されている

しかるところ証人岡安善次郎の証言(第一、二回)によれば原告は本件事故により入院治療費等必要経費として付添人費五千七百円消耗費並に雑費一万七千九百四十六円治療費二万九百二十二円義手代金二千五十円合計四万六千六百十八円を支出している。しかも右義手代を除いては親権者たる右証人が負担支出したというのでありその事実もまた認め得られるところである。しかし右は原告として被告林清一より三、四百円の物品をなお被告組合より二万円訴外連合より二万円を何れも事故当時見舞として受領して居るので本訴においては治療費として別段その請求はしないというのであり従つてこの点については判断の必要はみない。次に原告が本件負傷により将来得べかりし損害について検討するところ原告の本訴請求によると原告が受傷当時は満十八才三月の男子でありその生存平地年数を満六十才とし原告が現在三輪自動車の運転者なるも同人は進で普通貨物自動車の運転免許をも得ようとしていたところ若し之を得て他に自動車運転者として勤務したとして右期間を満二十年より六十年までの間一ケ月一万円一ケ年十二万円の得べかりし利益なるところが原告は本件事故により稼働力の二分の一を減退したので一ケ年六万円とし右期間をホフマン式計算により年五分の割合による中間利息を控除するときその金額は壱百八万円であり右は被告等が原告に賠償すべき金員であるというのである

しかるところ原告本人(第一、二回)の供述によるとき原告主張のとおり同人は未だ普通貨物自動車につき運転資格を持つていなかつたことは明かであり事故当時原告は親権者の下にあつて他に就職はしていないかつ独立生計を営みまたは納税等はして居なかつたことも右原告の主張により明白である。しかし満十八年の普通健康体の男子の将来の生存平均年数は満四十八年を下らないことついては当裁判所に顕著な事実であるところにして右原告本人の供述等からして真正に成立したものと認むべき甲第十一号証の一、二によるとき若し原告が本件受傷当時普通貨物自動車運転者として訴外 谷化学工業株式会社に勤務し得たとするときその得べき労働賃金は一ケ月七千五百円であり一ケ年九万円なることは計数上明白である、しかして原告の右会社における停年は満五十五年とするところ原告は左腕喪失による稼働力二分の一に減じているので一ケ年四万五千円であり右停年迄の三十六年九月間勤務し得るとしてその原告の得べかりし総収益金は壱百六十五万三千七百五十円であるしかもこれをホフマン式により中間利息年五分を控除した金額は九十一万七千八百十円(円未満切捨)が原告の右得べかりし利益の喪失の現在における価格であるしてみると右認定に反する原告本人供述の結果は措信しない

しかるところこの得べかりし価格につき更に検討を要するところ成立に争いのない甲第二号証同第四号証乃至同第八号証の各供述記載なお被告林清一等の供述を綜合して考案するに原告もまた右被告等と共に内野食堂において飲酒し被告林は相当酩酊したものであることを認め得べく特に原告等の運転者が飲酒の上自動車を運転することは一般にその運転は法の堅く禁ずるところであり且つ危険を伴うおそれのあるので、原告として之を避けなければならないところでありまた仮令被告林が酩酊し正常運転できなかつたとすれば敢えてその車に同乗すべきでなかつたに漫然原告は被告林の運転する車の補助席に同乗したるは原告として当時幾分その理性的判断において若干欠けるところがあつたことは看過できないものと認めるそうだとすると原告の前記得べかりし損害額についても原告の過失もまた当然斟酌すべきを相当とするよつて本件損害金は右諸般の事情を考慮して金四十五万円を以つて相当とする。

最後に原告の前記負傷により蒙つた精神上の苦痛に対する慰藉であるが前叙の如く原告は被告組合、訴外連合から各二万円宛被告林清一から三、四百円の物品を見舞として当時受領していることしかもこれにより一応の精神的慰藉はできて居たものと認め得るところ原告は右治療費については前記見舞金品を受領したるにより本訴においては別段請求しないというのであるも右治療費を支出したものは親権者であつたこと等を彼是斟酌の上原告の精神的損害金は金十万円を以つて相当とする。

よつて当裁判所は本件につき被告林清一に限り原告の得べかりし利益喪失による損害四十五万円精神的慰藉料十万円以上総計金五十五万円及び之に対する事故発生日の昭和二十九年八月二日以降本件完済にいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求むる部分のみを正当として之を認容すべくその余の被告林清一及被告協同組合に対する精求部分は以上の理由から失当なるにより之を棄却する。

そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条仮執行宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 深谷茂)

「訴外?谷化学工業」:?の部分は白抜け

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例